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アフリカへ。 Day6

d0031061_1562213.jpg 寒い寒い夜行列車は、夜明けとともにカサブランカに到着した。1時間近く遅れていた筈の列車は10分遅れに回復...なので、飛行機に間に合ってしまう...残念だけど、帰り道に向かって歩き出す。インドでは帰りの飛行機を寝飛ばして散々な思いをしたが、予定通りに帰れてしまうのも、ちょっと、寂しい。

写真はコチラ

 全てが高い空港で買ったちょっとしたお土産で、モロッコ・ディルハムの有り金を使い果たし水すら買えなくなったけど、飛行機に乗ればひさーしぶりのビール、ビール♪ 電車と船で辿ってきたルートを2時間ばかりで飛び越え、驚きの馬鹿でかさのパリ、シャルル・ド・ゴール空港。じっと東京行きを待つのもイマイチなので「パリに行った」と言うためだけに?いったん入国、街とをとんぼ返りしたら、またもギリギリに。

 帰り道はあっという間。ボケっとシベリアの大地とテレビと乗務員さんとを交互に眺めているうちに、飛行機は高度を下げはじめた。さて、髭でも剃るか。
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by hasekoi | 2010-01-12 23:59 | のりもの

アフリカへ。 Day5

d0031061_1331446.jpg さて弾丸アフリカツアーもあと1日。明朝の飛行機に乗るためには、今夜はカサブランカ泊か...アトラス山脈越えてサハラの入り口を見に行ってる時間は無い...カサブランカは世の中のイメージと違いフツーの都会というし、ツマランなぁと思って色々調べていると、フェズからカサブランカまで夜行列車が何本か走ってる。朝早くマラケシュを出る列車に乗れば、午後明るい時間にフェズに着ける。一昨日の夜行は10分しか遅れなかったから、これはイケるかも! ということで、二度寝をガマンしマラケシュ駅へ向かい、古都・フェズ行きの列車に乗った。

詳しい旅の記録は、コチラの写真とコメント


 ほとんど砂漠のような礫の平原を走り、潅木茂る丘を越え、山羊が草を食みロバが耕す畑を抜け、幾つかの峠をのぼり、列車は進む。今日のテーマ曲は“世界の車窓から”。ガラガラの長大編成の列車は、上り坂は4-50km/hでゆっくりと、下り坂は150km/hオーバーのけっこうなスピードで駆け下りる。途中の駅で沢山の人が乗り込んでくるが、みな概してお行儀よく大人しく、列車の走る音と汽笛だけが甲高く響く。

 Fezの街は、まさに迷宮だった! ようやく復活したGPSのトラック機能のお蔭でもと来た道を引き返すことは出来たけど、日の暮れたメディナでは、いや明るかったとしても、僕の土地勘・ミツバチ能力は全く役に立たないほどに道は入り組み、人々でごった返し、また次々現れるゴロツキ・キャラにセキュリティ・スイッチは常にMAX。たかだか数時間の散歩だったがものすごく疲れた...でも、この街は、それを帳消しにする魅力がある! ここには何泊かしてじわじわ道を覚え、それでも迷子になりながらも、どっぷりアラブに浸かりたい。外人相手の商売人とゴロツキを除けば、みな極めてジェントルな人たちの国である。ロンプラのガイドによれば、モロッコのハイライトNo.1として、世界でも類稀に完璧な中世アラブ都市そのままの、フェズの迷宮に深くダイブせよ! だそうだ。

 さて日も暮れて随分経ち、店屋も仕舞いの時間が過ぎ、宿屋に泊まらないならメディナからはそろそろ退散した方が良さそうな雰囲気になってきた。まだまだ時間はたっぷりあるが、夜行列車を待つため駅に戻った。途中通り過ぎた城砦内の居住区と思しき街では、夕餉の匂い、まだまだ遊び足りない子供達の声、そして僕を惹き付ける旨そうな串焼の香り。短い時間だったけど、ちょっと無理してFezに来て良かった。最近めんどくさい旅がどうも億劫で、と思いかけてたけれど、まだまだゴマンとある訳分かんない土地に行ってみないと。

 だいぶ遅れて発車した夜行列車、年末の花園キャンプより寒い車内だが寝酒で温まる訳にもいかず、モコモコ厚着にカイロを放り込んで強引に寝た。アフリカ行って寒くて凍えて寝れなかった、なんて言っても説得力ないし。それにしてもこんな時こそ、バイク&キャンプ道具が大活躍、色々持って来ておいて良かった~。
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by hasekoi | 2010-01-11 23:59 | のりもの

アフリカへ。 Day4

d0031061_856584.jpg 車掌の大声と揺さぶる手に、目が覚めた。列車は、砂漠にも畑にも見える、茶色い大地を走っている。今日は、今回の旅行の目的地とも言える、マラケシュの日だ。なぜ、いつ、マラケシュという街を知って、行きたいなと思ったのか、全然憶えていない。そもそもマラケシュに何があるのかも、知らない。でも、ずっと、行ってみたかった!

写真はコチラから


 列車は10分しか遅れずマラケシュに着いた。マラケシュ旧市街の中心、フナ広場近くに安宿を探し、シャワーを浴び、さっそくメディナの迷路にダイブした。
 人でごった返すスーク、色とりどりの品々、どこまでも続く商店街、飛び交う言葉は全く分からない。商店街を外れると、高い壁に囲まれた本当に迷路のような埃っぽい路地になるが、その内側はモザイクタイルで飾られ、驚くほど静謐な空気が流れている。かと思うと、アザーンの大音量(アッラーは偉大だよ~♪お祈りの時間だよ~♪という1日5回の町内放送)が響き渡る。

 朝から晩まで、トラックログを見れないのが本当に残念なほど、それこそ記録的に長い時間歩き倒し、マラケシュお腹一杯!でベッドに潜り込んだ。バイク旅行者に会えなかったのが心残りだが、考えてもみれば、バイクで旧市街に入ってきて宿を探す、なんてリスクは僕だって冒すまい。
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by hasekoi | 2010-01-10 23:59 | のりもの

アフリカへ。 Day3

d0031061_0541692.jpg 今日も快晴のスペイン、地中海と大西洋、ヨーロッパとアフリカをつなぐジブラルタル海峡に面した港町アルヘシラス。実はこの旅行を計画した時、少し迷っていた。天気予報が、ずーっと雨・曇・雨...だったのだ。寒いのはガマンできるとしても、雨はイヤ。それがどうだ、この晴れ男っぷり!


 詳しくは、こちらの写真とコメントをどうぞ


 ホントはバイクとともに乗り込みたいアフリカ行きのフェリーだけど、今回は下見と割り切って歩いて乗船。ヨーロッパからアフリカまで2時間そこそこ、高速船なら1時間程度の航程だ。
 潮風に吹かれて酒をのみながらの船旅、じわりじわりと見知らぬ土地が近付いて来る、ゆったりとした高揚感が心地良い。思えば、初めての海外も、横浜から3泊4日かけて渡った上海だった。日向ぼっこしながらデッキで過ごす誰もが、目指すアフリカを見つめつつ、口許は緩んでいる。

 お昼をだいぶ回った頃に、アフリカに、着いた。アフリカ、上陸。モロッコに来ました、と言うよりも、アフリカに着いた!と言った方が、気分だ。桟橋が最初の一歩なのか、大地を踏みしめた時が第一歩なのか?そんな疑問もまた、船旅でこそだ。長い長い旅で味わえる美味しい所だけを折詰にしたような、今回の旅行である。

 さてモロッコの港町Tangier(タンジール、タンジェ)、船を下りた瞬間にうわっと物売り・自称ガイド・両替屋・などなど...に取り囲まれるかと構えていたら、意外に皆さん大人しいというかジェントルで、ちょっと拍子抜け。おそらく旅行シーズンから大きく外れた正月明け、彼等も実家でのんびり過ごしているのだろう。

 先ず駅に行ってMarrakech(マラケシュ)行きの列車を探すと、次はもう夜行。通り過ぎようと思っていたTangierを、ゆっくり歩き回る時間が出来た。
 モスク(イスラム寺院)から大音量で流れるアザーンを聞きながら、迷路のような、というよりぜったい迷路より難しいメディナ(旧市街、城下町みたいなもん)に入り込むと、...おおぉ、ここは惑星タトゥイーン?!おじさん達のカッコ、まさにあの世界。アラブ気分が、イッキにスター・ウォーズに持っていかれた。
 メディナとカスバ(城砦、城内の屋敷町みたいなもん)を歩き、というより迷い、偶然スーク(市場)に入り込み、物売り客引き達と掛け合い、不思議なメシを食い...とウロウロしている間に、すっかり夜。それにしても残念なのは、どこに行っても酒が飲めないこと!ガイドブックに酒が飲める場所は載ってるが、わざわざ行くのは面倒。次に来るときは、ハードリカーを一瓶抱えて来た方が良い。

 ガクンとも言わずに定刻にTanger Ville駅をスルスルと発った夜行列車は、あっという間に真っ暗闇に包まれ、けっこうなスピードでマラケシュ目指してかっ飛んで行った。行くぜ、マラケシュ・エクスプレス!
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by hasekoi | 2010-01-09 23:59 | のりもの

アフリカへ。 Day2

d0031061_0161557.jpg 明けて、快晴だけど寒い寒いマドリッド。


 写真はコチラから


 アフリカへ行くには、ジブラルタル海峡を渡るフェリーが出る、南の海沿いの町に早く行かないと。とはいえ、せっかくスペインに来たんだから、旨いもん飲んで食って、サグラダ・ファミリアくらい見ときたい。スペインの新幹線AVEもいいが、憧れたタルゴにも乗ってみたい。そんな旅程が組めるかどうか分からないが、取り敢えず駅に行ってみる。

 スペイン国鉄renfeのAtocha駅に行くと、フェリーの出るAlgecias行きの列車は出た後で、次のは夕方発の深夜着。じゃ、途中どっかで乗換えて行くか、さて時刻表を探して...と思ったら、JTBやThomas cookのようなちゃんとしたのが無い! 窓口でスペイン全土の時刻表が欲しいんだけど、とお願いしたら、何十枚もある路線ごとのリーフレットを順番に重ねだす始末。そりゃツラい。窓口で乗換駅と時間とを聞いても、ここじゃ分からん、と答える国鉄職員。そんな窓口で、一旦バルセロナ行って、バルセロナから夜行で南へ下って、途中でAlgeciras行きに乗り換えて...なんてややこしい切符を頼める訳も無く、サグラダ・ファミリアを諦め、取り敢えずMalagaという地中海沿いの大きな街まで南下して、そこでAlgeciras行きのバスを探そうと決めた。

d0031061_0164958.jpg Malaga行きのスペイン版新幹線AVEまで2時間、街をぶらぶらして、ガラガラのAVEに乗り込む。オリーブ畑は雪景色、熱燗&演歌なんて気分だが、車内販売のワゴンもホームのキオスクも無く、子供の頃に絵本で見たような街と畑と荒れた山が繰り返し過ぎていく車窓を眺めながら過ごす。英語を話す客もいたけど、こちらに興味を示すでもなく、いかにも新幹線な車内の雰囲気に、思わず粒焼の回数も増える。
 コスタ・デル・ソルの中心マラガは、駅とバスターミナルは目と鼻の先。アルヘシラス行きのバスをつかまえて、地中海に沿って立派な高速道をひた走り、日が暮れウトウトした頃、港町アルヘシラスに着いた。
d0031061_0172380.jpg コッチに来たら、街中PANDAをはじめちょっと旧い欧州車だらけ!なんて画を想像していたら、東京よりもよっぽど新しくて綺麗なディーゼルの新車ばっかり。何だよツマラン、と思いながらも、スペイン・アラブ・ブラックアフリカの混じる趣のあるアルヘシラスの街を歩き、旨いハムとピクルスを摘みながらワインを流し込み、モロッコのガイドを見ながら過ごしていると、次はスペインを通り抜けるだけじゃなく(そして一人じゃなく)ゆっくり来たいな、なんて気になる。誰彼構わず喋くりまくるイメージのこの国のラテンの人々、意外と大人しく、一人になりたくても許されないアジアの屋台のようにはいかない。隣の席にはこの寒い中ローキンクラシックで乗りつけた親子がいたが、言葉が通じず、残念。

 今日中に渡ることは出来なかったけど、明日はようやく、そしていよいよアフリカだ!
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by hasekoi | 2010-01-08 23:59 | のりもの

アフリカへ。 Day1

d0031061_200580.jpg 前夜の酒と寝不足で、思いっきり寝坊。ふつう、遊び行くのに寝坊なんてしないんだけど、あまりに急な、ケータイメール1通だけで決まった旅行、なんとも気軽過ぎるらしく。
 慌てて2-3着の着替えとカメラだけ小さなバッグに詰めて、バタバタと出発。スカイライナーには間に合わず、日暮里から東京駅に引き返し成田エクスプレス。空港のカウンターに着いたのはボーディング開始15分前!
 5年前にアメリカ行った時と同じ44番ゲートではビールを飲む間もなく、売店で引っ掴んだガイドブックとパスポート入れと耳栓と変換プラグと...を手に持ったまま、バタバタと飛行機に乗り込みながら、関係各方面へ旅程(といっても飛行機の時間だけしか決まってない)をメール。ようやく、あ、ホントに出掛けるんだな、って気になれた。


写真はコチラ


d0031061_2003497.jpg 狭い後方機内でさっき買ったスペインのガイドブックを開いてみるけど、まぁどうにかなるだろうとあんまり熱心に読むことも無く、ボーっと機窓に広がるシベリアの大地を眺め、20年近く前に延々1週間かけて通り過ぎた旅を思い出す。ロシア領空に入り高度を上げた全日空B777機は、フィートで数字が揃ったまま飛びつづける。
 1991年8月19日、在北京ソ連大使館に徹夜で並んで手に入れたソ連のトランジットビザを持って意気軒昂帰った安宿で、目を吊り上げてバタバタするヨーロッパからのバックパッカー達。どしたの?と聞いて連れて行かれた衛星放送の入る彼等の溜まり場で見た、音声がカットされた赤の広場の戦車、騒乱。当時北京発モスクワ行の汽車は週に2本あって、先に出るウランバートル経由のトランス・モンゴリアンに乗った連中は、モンゴルとソ連の国境駅でみんな降りたと聞いた。僕が乗ったのは後から出る満州経由のトランス・マンジョリアン。中ソ国境を越える前夜の8月22-23日、ゴルバチョフが解放されたとの報を受け、当時汽車に乗り合わせた英領香港やドイツやオージーの連中と相談して、このまま行ってみよう、ヤバければ途中で降りればいいさ、とモスクワに向かった。今ならlonely planet旅行人のbbsを見れば、必要の無い心配事なんだろう。乗客の殆どは、2-3行しか記事にならなかった人民日報を読む中国人。このニュースを知っている者は、居なかった。いや、いたとしても2年前の天安門を口にしない人たちに、語る言葉は無かったのだろう。FEC、外貨兌換券とは別の貨幣だった、今ではUSDやJPYと並んでRMBと当たり前にボードに並ぶようになる前の人民元で仕入れた、革ジャンやスニーカーやカシミアといった有り余る物量を汽車に持ち込み、各駅に待機する西側の物資に飢えたソ連のブローカー達に(多くはパッチもんとは言わず)売り捌いてルーブルに換え、子供達にはガムとチョコを車窓からバラ撒き、さいごにモスクワのブラックマーケットで大量のドルを手にするというのに、食堂車には行かずに車内で自分達で煮炊きし、毎日僕にも振舞ってくれ、モスクワでは中国人向けの非合法安宿を紹介してくれた彼ら普通の旅行者たちが、20年後の今の中国を作ったのだろう。
 モスクワからヘルシンキに向かう汽車で相部屋になったアフリカからの留学医大生は、ボブ・マーレーとリッチなソ連と夢のあるブラックアフリカを語り、同じく相部屋のオバちゃんで車掌に君達親子か?と聞かれたアジア人はニコりともせず押し黙ったまま何の言葉も文字も通じず、でも目の動きはそうとは思えなかったが、取り出したパスポートは当時僕らのパスポートの「...関係の諸官に要請する」のページにexcept●●、と書いてあった例の国のものだった。
 ドイツでは2年前に壁が崩れていたが、レゲエのクラブイベントと聞いて出掛けた深夜の旧東ベルリン地区は、駅を降りると夏というのに背筋が寒くなる雰囲気で、結局そのまま戻りの電車に乗った。
 人々の、自分自身の暮し向きにかける熱気と、政治や体制にかけた夢がさめた後の冷気と、を、線路脇がゴミ箱だった国々から通り抜けて突然気持ち悪いほどの美しさに面食らったフィンランドのサウナのように、交互に浴び続けた旅だった。

 そんな、他人事と自分との20年をボーっと反芻しつつもの思いに耽っている間に機は高度を下げ、雪景色のドイツの街並みが見えてきた。寒そう!


d0031061_201474.jpg 降り立った寒い寒いフランクフルト・アム・マイン国際空港。乗継ゲートを過ぎると日本語も日本の綺麗なお姉さん達も見なくなり、平日の夕方、各国の出張ビジネスマンで賑わう羽田のロビーみないな雰囲気に。自分のキャッシュカードでユーロをおろし、ネットの端末でマドリッドの宿を探して予約し(バウチャーは手許のケータイにメール!)、本屋でロンリープラネットのモロッコを買い、と一仕事終えて、まだ3時間ある。そうそう、忘れちゃいけない、フランクフルト(を・で)喰ってるよと呟き謎掛けして(海外ローミングでは、ケータイからこのブログのアップは出来なかった)、ボーっと待つ。タバコ部屋で僕を認めて寄って来た、ブリーフケースを抱えた細ネクタイにスポーツ刈のオッサンは「打火器」と一言、ありがとうも言わず慌しく出て行った。

 時差に合わせてあまり寝なかったせいか、マドリッドまでのLH機内では、僕としたことが酒や食事にも気付かず爆睡。オレンジ色の街燈ばかりのマドリッドに降り立ち、ちゃんとメーターを使ってくれるタクシーに乗って、深夜1時半にようやく宿に到着。丸々一日の移動を終えた疲れで寝酒も無しに爆睡。壁に掛かったサムスンのTVでは、大寒波襲来、と雪道でひっくり返ったクルマの画が延々流れてた。
 さて、明日からどうするか。
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by hasekoi | 2010-01-07 23:59 | のりもの

アフリカへ。 Day0

d0031061_19451961.jpg あっという間に正月が終わり、シゴトが始まり2日目の晩。「明日から1週間、休みね。」と、遅れに遅れた夏休みが突然やって来た。明日から~? 当然、何も予定なんかしてない。

 せっかくの長い休み、何しようか? と考えてみるが、色々やりたい事は、どれも準備に手間隙かかるものばかり。準備してる間に休みが終わっちゃう。じゃ、取り敢えず簡単に、どっか遠くへ行ってみるか、と久し振りの一人旅に決めた。ここ最近、引き篭もりだったし。

 さて、どこ行こう? ぜひとも実現したいアメリカcoast-to-coastツーリングも、こんな時季だし、1週間じゃ無理...じゃ、その半分だけ行く? 旅はその土地のいちばん厳しい時季に、って言うから厳寒大荒れの北海道・北東北? ジャマイカでBMの墓参? 行ったこと無い中南米は? 47都道府県で唯一未踏の宮崎で地鶏とツボダイと神話? もうすぐ無くなっちゃう北陸行き夜行で寒鰤? 夏のNZでトレッキング&ツーリング? 美しい街並みと弾痕の旧ユーゴ? 20年前には始発駅から乗れなかったトランス・シベリアン? 飛行機の焼け落ちる心配の無くなったスリランカ? アフリカツインでサハラ縦断して宇宙からやって来たドゴン族に会いに行く?
 火曜の晩から色々悩みだして(こうやって悩むのも実は楽しい)、お休み初日の水曜の明け方を迎える頃には、時間切れで北海道行きフェリーの選択肢が消え(大荒れ天気でフェリーもダメに)、当日発の海外航空券は3倍の値段に跳ね上がり、ちょっと寝てから、木曜出発! ってことで結論持ち越し。

 明けて水曜お昼前。旅行会社を回っても、アメリカもインドも東南アジアもオセアニアも中東も、今日明日発ってのは高い切符ばかり、さすがにたった1週間に何十万も遣えないでしょ、と意気消沈して帰宅。何の気なしに全日空のHPをチョンチョンいじってたら、ヨーロッパへ行く席がガラガラに空いてる。乗継いでアフリカ行く便は一杯だけど。でも、帰りはガラ空きで、安い席も残ってる。アジアに行くより全然安い。よし、これだ!
 本屋に行って、旅行ガイドコーナーに陣取って、携帯でブッキングして、でも実はそれ埋まってるんです、なんて電話の交渉紆余曲折を経て、日が暮れ営業時間ギリギリに、唯一空いてるルートで、明日出発の飛行機の切符を手に入れた。 …と言っても、ケータイにメールが1通やって来るだけ。なんとも軽いカンジの、久し振りの遠出。

 さーて、準備準備。
 準備といっても、洗濯して、充電池とカメラのストラップ買いに行ったら、あとは酒入れてテンションアゲるだけ!


 ヨーロッパ行き気分を盛り上げるにはソッチ系の料理と酒で、ってことで連れてって貰った、わりと近場の伊料理屋。マスターの俊二さんはショベルFLH乗りだし、こんな美味い料理と酒飲んでこんな値段で?!だし、酒瓶の並んだカウンターで厨房を見ながら飲み喰いできるし。これはいい店教えて貰った。こんどみんなで行きましょ。
d0031061_1951333.jpgd0031061_19511882.jpgd0031061_1951465.jpg
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by hasekoi | 2010-01-06 23:30 | のりもの

インドへ。

11/30 NRT 1630 CI TPE CI (機中泊)
成田から中華航空。羽田から移転したの、知らなかった。。穴の開いた小汚い服装にイケてない眼鏡、無精髭。そして機内持込荷物はスーパーのビニール袋。・・・とても海外旅行の出で立ちではないなぁ。トランジットの台北でニューデリー行きの待合室に入るや、イッキにインド気分が盛り上がる。ターバンとサリーと、何となくスパイシーな香り。。

12/01 CI DEL Delhi→(夜行泊)
午前3時にニューデリー着、さんざん脅され身構えてるので、空港内で夜明けを待つ。外に出ると朝靄(スモッグ?)の向こうに朝陽、次から次へとやって来るインド人。両替や切符などの各種準備の後、バスで市内へ。意外にすんなり到着。お昼はさっそく市内ど真ん中の高級料理店でカレー、旨い!旧市街をぶらぶらした後、d0031061_18504326.jpgオールドデリー駅からJaisalmer行きの夜行に乗車。線路沿いのスラムでは夕餉の煙が上がり、子供たちが跳ね回る、複雑な情景。。

12/02 夜行→Jaisalmer
ひたすら大タール砂漠を進む列車。乗ったのは、1等>AC付寝台(2段)>AC付寝台(3段)>2等寝台>2等座席、と分かれる列車のAC付寝台(3段)。帰省のインド人ご家族と同じコンパートメントになるが、子供がウルサイ!ジャイサルメールで、カレーとともにラジャスタンの赤ワイン。けっこうイケる。

12/03 Jaisalmer ~Desert Camel Safari
インド製ジープに乗って、大タール砂漠へ。テーマソングはインディ・ジョーンズ。途中からラクダに乗り換え更に奥地を目指す。ラクダの足音(と、歩きながらウンチをボタボタする音)以外、何も聞こえない世界。途中の井戸で水を汲み、小麦粉を捏ねチャパティを焼き、カレーを作って食べる。d0031061_18511135.jpg風紋の有機的な陰影が遠くまで続く砂丘でキャンプ。夜は、ラクダに括り付けてきた鶏を絞めて新鮮チキンカレー。ラジャスタン麦酒と砂漠のフルーツワインで、物凄い(としか言いようが無い)星空の下大宴会。サラサラの砂に布団を敷いて就寝。

12/04 Jaisalmer→(夜行泊)
冷たく澄んだ、しかし乾いた夜空がみるみる明るくなり、砂漠の地平線から昇る朝日。…に向かって、開放感に満ち溢れながら朝のおトイレ。ジャイサルメールに向かって帰路を進む。猟師に取れたて新鮮鹿肉カレーをご馳走になり、そのカレーの仲間が遠くを駆けてゆく砂漠のオアシスにて、チャイで一服。最高の、インドの休日。キャメルドライバー、つまり駱駝使い達と固い握手の後、街へ戻る。宿でちょっとしたトラブルには見舞われたものの、夜行でジャイサルメールの街を後にして、ジョードプル経由ジャイプールを目指す。

d0031061_18512882.jpg12/05 夜行→Jaipur→NewDelhi
混沌のジャイプル。堪らない暑さ・煩さ・汚さ。夕方のニューデリー行きを予約の後、サイクルリクシャーで街へ。旅の後半・バラナシ行きの航空券を確保。日程の都合で、ダージリン(高原鉄道)は無理そう。有名な「風の宮殿」を急ぎ足で観光。ジャイプル→ニューデリーはシャダブディ・エクスプレス、次から次へと出てくるミールサービスに満腹。

12/06 NewDelhi→Varanasi
午前のJet Airwaysで、聖地バラナシへ。空港から市内へのタクシーではさんざん旧市街の治安を脅され、市内では30秒おきに声が掛かり、とはいえ遂にガンガーとご対面。

d0031061_1851521.jpg12/07 Varanasi
沐浴の巡礼者より、物売り・ゴロツキ・観光客の数がはるかに多いバラナシのガート(木浴場)を歩いて回る。起きたら既に日は昇った後。とはいえ、昼寝、散歩、切符、呑んで寝る、の、長期旅行者気分な一日。入手困難と思われた麦酒も確保。街の食堂で供されたオクラカレー・ベジタブルミックスカレーが印象的な美味。夜、河畔で「セレモニー」を見るが、旅行者向けエキシビジョンという印象。

12/08 Varanasi→Salnarth→(夜行/Radhidani Express泊)
日の出前に起き出して、再び河畔を散歩。ガンガーの日の出、沐浴する巡礼者、焼き場、野良牛、野良山羊、野良猿、野良鼠・・・。途中、混雑する道端で野良犬が出産中という衝撃的な光景も。午後から乗り合いバスでサルナート。初めてのインドの田舎とふつうの人々。仏教の聖地でマッタリした後、乗り合いオートリクシャーを3つ乗り継ぎ、バラナシ郊外のムガール・サライ駅。野良牛の闊歩しストリートならぬステーション・チルドレンが焚き火を囲む駅のホームで、インド国鉄の誇るラジターニ特急を待つ。

d0031061_1852742.jpg12/09 夜行→Newdelhi
ラジターニ特急で昼前にニューデリーに到着。マクドナルドでインドオリジナルの「マハラジャ・チキン・マック」59Rs、160円也。もちろん、カレー味。午後は旅の最終日らしく、買物に精を出す。カーペットは素晴らしいし日本で買うよりはるかに安いことも分かるんだが、今回は見送り。銀の食器とスパイスをたっぷり買い込み、後ろ髪を引かれつつ、空港行きのバスに乗り込む。運転手と3人だけの空港行きリムジンバス。もう一人の乗客、フレンチの電気技師の兄さんは、5週間の休暇だそうで。。最後のカレーを初日の朝にも寄った、当国際空港唯一のレストランで堪能し、少々酔っ払いながら、3:45発の飛行機を待つ。zzzzz・・・・。。

12/10 NewDelhi→AI308(機中泊)
ふと目覚めたら、時計はちょうど4:00。しばらく、真っ白に・・・。最悪の寝坊。茫然自失。取り敢えず泣いて騒いで走ってみるが、中華航空機はディレイの後、スリットの眩しいクルーの皆さんを連れて、飛び立っていった・・・。イヤ~な妄想はモワモワ膨らみ、冷静さを保てない。「茫然自失、冷静でないぼく」と題して自分をパシャッと撮って遊んでみるが、状況に変化なし。・・・(中略、ドタバタ)・・・そして夕方。久々の熱いシャワーを浴び、腹も満たして、今晩の東京直行便の切符を握り締めつつ、安宿の中庭で幸せの一服 (^。^)y-.。o○ ハァ、良かったぁ~。

12/11 AI308→NRT
そして日本に到着。海外旅行からの帰国が、こんなにも嬉しくホッとするとは。
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by hasekoi | 2005-12-11 16:30 | その他

はじめてのツーリング 7・8日目(2005/2/12・13)

LasVegas⇒SFO⇒東京

d0031061_17424032.jpg早起きして、空港へ。走り足りない気分を残しながらも、帰国です。LAS→SFOは「Ted」なる安易なネーミングのUNITED傘下のローカル会社線A320。米国では、時間帯の悪いローカルフライトこそ、熟練者ではない従業員さんとお会いできると聞きますが、まさにその通り、やー、びっくり。良いじゃないの。ここがアメリカであることすっかり忘れ、本気でお話し掛けそうに ^^;

SFO→NRTのB747-400は満席。席替え交渉も不発、またも翼の上の3人掛けの真ん中。窓側の愛想の無いオバサマはブラインド閉めちゃうし、通路側は2mはあろうかというオジサマ。ジェット気流に逆らう帰り便、憮然としながらパラパラと機内誌をめくっていたところ「9ch/From the Flight Deck」なる機内放送番組を発見。詳細の記載なし。やや、もしや?!と早速ヘッドホンをつけると…「UNITED837 heavy, cleared for take off.」「Roger, …」と、流れてくる音声。何と飛行機の交信の生放送!!もうその後は、窓が閉じてても、身じろぎ出来なくても、酒が飲めなくても、楽しい楽しいフライトであったことは言うまでもありません。こんな機内生放送番組があったんですねー、これから飛行機乗るときは、UNITEDに決定!ふつうは通り過ぎるチャンネル、しかしマニアックな僕にはコリャ堪りません。万が一のアクシデントは、いち早く情報入手で安心安心!(なわけないけど)

しばらくして交信もまばらになり、することも無く、映画とか昼寝とか、テキトーに過ごす。そして。太平洋を越え、日本訛り英語(?)の無線交信が飛び交うようになり、千歳から東京に引き継がれ、頻繁に高度と方位と速度の指示が来て、飛行機は右に左に指示通り飛んで行く。さぁ、いよいよ着陸に向けた佳境!  …と、なんと、イヤホンの回収が始まりました。有無を言わせぬ熟練乗務員様に、泣く泣くイヤホンを手放しました。。旋回を繰り返し高度を落とす飛行機の中で、「次は、マイイヤホン持参でUNITED!」を固く決意した旅の終わりでした。

あれ?ハーレーは何処・・・?(゚.゚)
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by hasekoi | 2005-02-12 21:00 | FLHRS・おでかけ

はじめてのツーリング 6日目(2005/2/11)

Lake Havas City⇒Oatman⇒Kingman⇒LasVegas


ツーリングの最終日。朝から大雨で、憂鬱。。ホットコーヒーを流し込み、雨合羽を着込み、気合を入れて出発!
ラスベガスでの、バイクの返却時刻は15時です。

1時間も走ると、手袋は雨でグシャグシャに。それほど寒くはないけれど、初日の辛さが蘇ります。ガラガラのインターステート15号を少し走った後、旧道66号線へ入り、金鉱のあるオートマンを目指します。天気がよければ、最高の田舎道なんでしょうが、雨に煙った山道は視界も広がらず、ゆっくり黙々と右へ左へバイクを倒しつづけます。

オートマンのダイナーで最初の休憩。久しぶりにハンバーガーを食べます。西部劇さながらの町並みは牛が闊歩し雰囲気満点ですが、雨の中面倒なので写真も撮らずにすぐ出発。雨に濡れ、冷たく重いグローブの替わりに、台所用ゴム手袋でもあったらなー、と少し後悔。。

ゴールドラッシュに沸いたのであろう採掘場あたりは、ディズニーランドの「ビッグサンダーマウンテン」のまんまだぁ~・・・と我が発想の貧困さに苦笑いしつつ、急峻さを増す峠道を進みます。雨とガスで視界は悪くなる一方で、いい季節にまた来たいな、と心底思います。

2度目のKingmanで2度目の休憩。これからラスベガスに向け大雨の高地を走るのか・・・と鬱に向かう気分を、奮い立たせます。ラスベガスまで最後の区間、2時間走ればアツアツシャワーにフカフカベッドだ!と。

雨の中、あまりスピードは出せませんが、それでも随分馴れた我がローキン、70~80mphでフーバー・ダムへ向け一本道をひた走ります。タバコに火をつけられるわけもなく、音楽を聴けるわけもなく、誰かと話せるわけもなく、仕方なくひたすら歌いながら。アメリカに演歌も無かろうと、Billy Joelを古い順に知ってる限り歌い続けます。分からない歌詞を飛ばすと持たないので、テキトーに鼻歌も交えつつ。やー、こんなところでBilly Joelのアルバム全部集めたのが役に立つ(?)なんて。My Lifeなんか歌いながら、あー、青空の下だったらバッチリなのになー、なんて思いながら必死で寒さと左手の痛みと雨を忘れることに努めます。さすがにこんな日は、1台のハーレーともすれ違わず、エアコンと音楽で快適そうなクルマのドライバーは、まっすぐ前を向いて追い抜いていきます。

フーバー・ダムで州境を越え、時計は1時間戻りました。ちょっとトクした気分になりつつも、残る時間はあと僅か。走り続けないと、15時までにラスベガスに到着しません。延長料金払うのは仕方ないにしても、閉店時間に間に合わなかったら、明日朝一の飛行機に乗れない!途中、ちょっと道を間違えましたが、ジャンクションから高架のハイウェイに乗り、市中心部へ。トロピカーナ通りに入り渋滞に捉まりましたが、すり抜けはまだ怖くて出来ません。重たいクラッチにへこたれてきた左手の握力を恨みつつ、そして雨に濡れたアスファルトに何回か滑って立ちゴケの危機に見舞われながらも、最後の給油も終え、30分遅れでイーグル・ライダー社ラスベガス店にゴール・イン!

借りた時とうって変わって、泥水とバグにまみれ汚くなったローキン。。スタッフのお兄ちゃんはクルッと見て回って、にこやかに「オーケー、楽しかったかい?」と一言、事務所に帰っていきました。また、なんともあっさりな。。

手回し良くやって来たタクシーに急かされ、記念写真を撮る間も無く、タクシーでMotel6へ。充実感とともに、もうちょっと乗っていたかったな~、と後ろ髪を引かれつつ、待望の熱いシャワーに飛び込みました。あとはいつもの旅行同様、お土産の仕入れと荷物の整理、さいごの夕食。Harley Davidson Cafeにも行きましたが、お土産コーナーにはこれといって物欲をそそるモノも無く、カジノもあんまり興味ないのでプラプラして過ごしました。途中の噴水にはびっくりしましたが、オトコ独り旅で来るとこじゃないですねー。


いずれにしろ、事故・転倒・立ちゴケも無く、無事に1,000マイルの初ツーリングを終えることができました! (^^)v

 ・総走行距離:約1,000マイル(1,600km)
 ・総給油回数:8回


思い立って半年。アメリカ横断熱はアリゾナの大雨でだいぶ冷めたかな、またムラムラしたら、アメリカに来てハーレー借りよう。日本でわざわざ買うこと無いよな。アメリカ横断って格好良いけど、かなりの苦行に違いないから、止めといた方がいいよな。。などと思いながら、一人ラスベガスの夜は暮れていきました。


その他の写真など
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by hasekoi | 2005-02-11 20:00 | FLHRS・おでかけ